研究内容

これまでの研究成果

3. ショウガ辛味成分による脂肪細胞機能の制御(2つの成分が異なる機構で効果を示すことを明らかに。)

脂肪細胞機能の制御と糖尿病

 脂肪細胞は肥大化(肥満状態)すると、アディポサイトカインの発現・分泌制御に破綻が生じます。この中で、アディポネクチンは重要なアディポサイトカインで、血漿中に高濃度で存在(5−10μg/mL)し、肥満やインスリン抵抗性と負の相関を示します。その機能としては、脂肪酸酸化やインスリン感受性の増強、抗動脈硬化作用などが明らかにされています。つまりインスリンの効きを良くする抗糖尿病性のアディポサイトカインと言えるでしょう。すでに述べたように、ここ6-7年ほどの研究から、肥満と脂肪組織における炎症性変化の関係が明らかになりつつあります[参考:研究対象は?]。肥満における脂肪組織の炎症性変化がアディポサイトカインの発現異常をきたし、メタボリックシンドロームに関与します。従って上流にある内臓肥満の制御、脂肪組織の炎症とこれに伴うアディポサイトカインの発現・分泌異常を改善することが重要と考えられます。

食品因子と糖尿病予防

 食品因子による2型糖尿病の予防、抑制に関しては、主として糖の吸収を抑制するものが良く知られています。糖の吸収を穏やかにする難消化性デキストリンは、規格基準型の特定保健用食品が認められるようになってから、これを用いた多くの商品が発売されています。またスクロースの分解を抑制(糖の分解酵素であるα-グルコシダーゼを阻害)する各種ポリフェノールが知られており、この機能に基づく特定保健用食品が許可されています。 一方、脂肪細胞機能の制御に関連した食品は、まだ研究段階ですが、その例として私たちの研究室の成果の一つであるショウガ辛味成分の研究を述べます。

ショウガ辛味成分

 ショウガ(Zingiber officinale)はショウガ科(Zingiberaceae)の多年生草本であり、原産地は熱帯アジアです。利用されるのは主として根茎の部分ですが、芽も利用されています。食品としては、香辛料として欠かすことのできないものですが、同時に生薬としても大変重要なものであり、広範囲に用いられています。もちろん、日本のみならず、インド、東南アジア、中国、アフリカなど世界各地で栽培されています。食品としてはわが国では、その特有の辛味と香りから、「薬味」、「臭み消し」として用いられ、酢漬けなどで食材そのものとしての用途やアクセントとして、その辛味が利用されています。東南アジアでも香辛料として料理に多用されており、欧米ではジンジャーブレッドやジンジャークッキーなどの焼き菓子での利用も知られています。

 一方生薬としての利用でも長い歴史があります。中国の生薬の書である「神農本草経」にも収録されていますが、日本薬局方においては、ショウガの根茎を「ショウキョウ;生姜」と読んでおり、通常は保存性の向上のために乾燥しています。そのため「カンショウキョウ;乾生姜」という言い方もあります。これに対して中国では生ショウガ根茎を「生姜」といい、生根茎を蒸した後に乾燥したものは「カンキョウ;乾姜」といわれていますが、これは日本ではショウキョウにあたります。カンキョウは辛味が強いことから妊婦の服用は避ける、といった伝承もあります。このような背景から、ショウガ成分は薬理効果や生理機能などが数多く研究されています(表1)。


表1 ショウガ成分の主な薬理効果

ショウガ辛味成分の化学

図9 ショウガ中の辛味成分の構造

 ショウガ根茎は精油成分を約1〜3%を含んでいます。主な辛味成分はジンゲロールで、6−ジンゲロール(6G)、8−ジンゲロール、10−ジンゲロールを含みます。その他に6−パラドール、6−ショウガオール、8−ショウガオール、ジンゲロンも辛味を示します(図9)。辛味成分としては、6−ショウガオール(6S)が最も強い辛味を示し、側鎖の炭素数が増加すると辛味が低下します。ショウガオールは、ジンゲロールが脱水したもので、加熱、乾燥や精油の長期保存により生成します。

ショウガ成分のアディポネクチン発現低下抑制作用とそのメカニズム

 私たちの研究グループはショウガ辛味成分の新規な生理機能として、アディポネクチンの発現低下抑制作用とその作用メカニズムを明らかにしました。

 成熟脂肪細胞を用いて、脂肪細胞の炎症性変化とこれに伴うインスリン抵抗性のモデル系として、TNF-αによるアディポネクチン発現低下とその抑制に関わる食品因子を検討する過程の中で、ショウガ辛味成分の6Gと6Sに抑制作用を見出しました。

 興味深いことに6Gと6Sよりも側鎖が長い化合物や、逆に側鎖が短いジンゲロンでは、その活性は低下します。作用メカニズムとして想定されるのは、(ア):アディポネクチンは、リガンド応答性の核内受容体型の転写因子peroxisome proliferators−activated receptorγ(PPARγ)により発現制御されており、PPARγのリガンドとして作用し、アディポネクチンの発現を上昇させる、(イ):TNF-αによるMAPキナーゼを始めとする種々のシグナル伝達に関わる分子の活性化がアディポネクチンの発現に関与し、この阻害が作用の発現に関与する、の二つです。私たちの研究から、6Gと6Sは類似の化学構造、活性ながら、それぞれが異なる作用メカニズムで効果を示す、ということが明らかになりました。種々の検討の結果、6SはPPARγリガンドとして作用するが、6Gにはそのような作用が認められませんでした。他の関連実験からも、アディポネクチン発現低下抑制作用について、6SがPPARγのリガンドとして働くことでアディポネクチンの発現上昇を引き起こすことによるものと考えられます。

 一方6Gは、6Sと異なりPPARγリガンドとしての作用からアディポネクチンの発現低下抑制作用を示すのではなく、TNF-αによるJNKの活性化を抑制することにより、結果として同様の効果を示すことを明らかにすることができました(図12)。


図12 2つのショウガ辛味成分の作用のまとめ

 細胞での結果ですので、さらにエビデンスの蓄積が必要なことは言うまでもありませんが、今後は、

  1. それぞれの成分を高含有するようなショウガの育種
  2. 2つの作用・メカニズムの違いを生かしたサプリメント開発
  3. 機能を残しながらも辛味の少ないショウガを作る

 などに発展できるでしょう。ショウガ辛味成分を脂肪細胞機能の制御と糖尿病予防へ利用できるよう、更に研究を行っています(図12)。本研究内容に関する発表論文(Isa, Y. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. (2008)373, 429-34.


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